雨
気温が一気に低くなって夏の気配がどこかへと消えてしまった。気温はまた上がっていくのだろうか。秋へと変わっていく手前ぐらいの気温。部活帰りに風で汗が冷たくなっていくのを心地よく感じていた中学生のころを思い出す。拾った子猫が4四ともひきとられた。数週間一緒にいると愛着が生まれてきて少し寂しいような気もする。先住猫はストレスの種がいなくなってどことなく元気になっていた。
雨
気温が一気に低くなって夏の気配がどこかへと消えてしまった。気温はまた上がっていくのだろうか。秋へと変わっていく手前ぐらいの気温。部活帰りに風で汗が冷たくなっていくのを心地よく感じていた中学生のころを思い出す。拾った子猫が4四ともひきとられた。数週間一緒にいると愛着が生まれてきて少し寂しいような気もする。先住猫はストレスの種がいなくなってどことなく元気になっていた。
雨
台風が近づいているせいか気圧の変化であまり調子が良くない。多分三日間泊まり込みの撮影の仕事をしていたせいもある。企画展が今週から始まる。展示する作品は水平線を撮影した作品と日記のように制作する映像になると思う。どうでもいいようなこと、非本質的なことが薄い膜が重なっていくように蓄積されていく。そんなイメージの作品にできればと思っている。タイトルは「発火する記憶」とか「記憶の形見」とかいくつか思いついたが、まだピンと来ていない。
「たしかにあったどうでもいいことは、この世界にどのように残りうるのか。それともどうでもよさゆえに忘れられ、いつかは消えてなくなってしまうのか。」(1)
(1)『死んでいない者』滝口悠生
晴れ
拾った子猫のうち1匹は早々に飼い主が見つかり引き取られていった。残りの3匹も次第に元気になり、部屋の中を歩き回っている。近くのアパートの階段にある蛍光灯が一昨日くらいから点滅しはじめて、その明かりが部屋にダイレクトに入ってくるので、夜部屋の明かりを消すとかなり気になるくらいだ。ただ、その点滅の速度がなんだか気になって今日の夜にカメラで映像を撮影しておこうと考えていたら、日中に新しい蛍光灯に交換されたらしく、もう点滅することはなくなっていた。
晴れ
猫を拾った。拾ったというよりは保護したといった方がいい気もする。アパートの前を歩いていると子猫の鳴き声がしたので、車の下を覗いたら子猫がいた。潰されないように車の持ち主に伝えて、しばらくしてから様子を見に行くと段ボール箱の中へと投げ入れて、ビニールテープでギチギチに蓋をしていたので、慌てて「家で預かります。」と引き取った。すでに猫が一匹いるので多頭飼いができない。里親を探すしかない。大学生の頃、ネズミ捕りに貼りついて動けなくなっている子猫を助けたことがある。その時もどこからか聞こえてくる鳴き声を頼りにただふらふらしていたら子猫を見つけた。数年に何度かそういう日があるのかもしれない。猫を引き取るといったときに「生かすのかい?」と聞かれたので、きっと殺すかどこかへ捨てるつもりだったのだろう。あの日ネズミ捕りの粘着剤でベトベトになっていた子猫をベビーオイルとぬるま湯で綺麗にしたことを思い出した。
曇り
明日は台風が来る。今日は晴れと曇りが繰り返される不安定な天気だった。日中は家で過ごしていた。彼女は台風に備えて早めに仕事を終わらせて帰ってきた。今住んでいるアパートの目の前が浸水する可能性があるので、車は日和山に置いてきたらしい。市内では数か所いつも大雨が降った日に浸水する箇所がある。食材を買いにスーパーへ行った。明日は棒棒鶏を作る。昨日、ポスターを入稿した。もっと凝ったデザインにしたかったが自分でやるには限界があった。次はデザイナーをいれてやれたらと思う。今週中にDMも作って入稿しないといけない。展示する作品の準備もある。「断片的なものの社会学」を読み終わった。
晴れ
午前中は歯医者の用事が入っていたので自転車で向かった。歩く速度も好きだが自転車で街中を走るのも嫌いじゃない。治療が終わった後、ちょうどいい安めのサンダルがないか色々なお店を回ったがどこにも置いていなかった。余計な趣向をこらしたものばかりで、単色のシンプルな構造のものがどこにもなかった。最終的にアパートから一番近いセリアに行ったら、ちょうどいいものが売っていたので購入して帰宅した。午後はポスターを制作した。明日には入稿したい。
晴れ
午前中は歯医者へ行った。歯医者が終わりお昼ごろに美容室へ行って髪を切った。半年くらいは切っていなかったので、かなり長くなってしまっていた。短めに切ってもらった。その後は河北新報の人が取材に来るのでキワマリ荘へ行った。取材が終わって、はるひと土井さんと平野君のギャラリーへ行った。写真を撮る必要があったので数枚撮影した。
晴れ
早朝のバイトが終わり帰宅する。はるひがお昼ご飯を家で食べるので、強力粉、オリーブオイル、砂糖、塩、ドライイーストで簡単なパンを焼いた。はるひが事務所で手作りのグラタンをもらってきたので、パンとグラタンを食べる。焼きたてのパンが一番おいしい。断片的なものの社会学を最近読み始めた。
晴れ
梅雨で雨が続いていたが今日は久々に晴れた。天気予報では雨だったらしいが雨は降らなかった。昨日の夜に少し長めの柔軟をしたおかげなのか、今日の朝は頭の奥にある靄のようなものが感じられなかった。多分睡眠の質が少し変わったのだろう。はるひが今日から家でお昼を食べると言っていたので、冷やしラーメンを作った。茄子とズッキーニを素焼きにしたものとトウモロコシとささみをほぐしたものと煮卵をトッピングした。はるひがもらってきたトウモロコシがものすごく甘くて驚いた。水で表面を濡らして、サランラップで包んで500Wの電子レンジで5分くらい加熱すると茹でたトウモロコシのようになる。茹でるよりも簡単。午後はキワマリ荘に行って有馬さんのフォトカードの物撮りをした。企画展で展示する作品について考えている。偶然=無意味なものとどう向き合っていくのかを考えている。大抵の場合、偶然=無意味さに意味や物語を見出して自分を納得させる。占いが一番わかりやすいかもしれない。物語は治癒の効果もあるが必ずしもいい効き目をもたらすとは限らない。薬にも毒にもなる。偶然をただの偶然として受け入れることはできるのか。それは、無意味なものを無意味なものとして受け入れていくということ。無意味さに過剰な意味を付加しないこと。日常で起こる多くの出来事や、一瞬意識に浮かび上がってくる感覚はほとんどが無意味なものとして記憶されることもなく忘れ去られていく。そんな忘れられていくもの、忘れても何も問題にはならないものをフォーカスした作品が作れるだろうか。
晴れ
少し曇り気味の一日だったが、連日の梅雨の雨にくらべれば晴れに等しい。久々に雨が降っていなかったので溜まっていた洗濯物をすべて洗濯して外に干した。洗濯物がたまっていたいたり、水回りが汚れていたり、床に埃がたまり始めると精神的に少しざわつき始める。精神的に落ち込みそうなときはできるだけ掃除をして空間だけでも整理しておくようにしている。
雨
今日は新しくキワマリ荘のメンバーになるかもしれない人が来た。土井さんという方でロンドンの大学に行っていたらしい。はるひの昔からの友人で最近は連絡を取っていなかったが、久々に連絡をとりキワマリ荘に誘った。ADCとルーマーズガーデンに案内し最終的にキワマリ荘のメンバーとしてやっていく事に決まった。どういったスペースを作っていってくれるのかとても楽しみ。
曇り
午後からキワマリ荘に行ってきた。梅雨に入って雨の日が続いたせいで看板にカビが生えてきていた。ブラシでこすったりしたが完璧には取れない。後でまた作り直す必要がある。ミシオ君がいなくなった部屋の壁についている画鋲を全部はがした。早く次の借りてくれる人が決まると嬉しい。明日はるひの友人が部屋を見に来る。借りようか検討してるらしい。この街で活動してくには自分のスペースを持って試行錯誤を繰り返していくのがいいと思う。
雨
一日中雨が降っていた。11時まえにキワマリ荘へ行ってミシオ君が使っていた部屋の掃除をする。ガラスも曇っていたので拭いた。企画展では忘れてもいいものを作品へしていく。何が忘れてもよくて、何が忘れてはいけないのか。忘れるなという時、人は誰に向かってその言葉を放っているのか。死体になったとき記憶はすべて解かれる。覚えておくことが弔いなのかもしれない。どうあがいても人は忘れていく。覚えている人間と何も知らない人間。その狭間で何を考えるのか。記憶と忘却の狭間でなにを作るのか。雨が降ると洗濯物が干せないのが一番のストレスかもしれない。
雨
朝五時に起きてバイトへ行く準備をする。自転車で4分くらいの場所なのでそれほど急ぐ必要はないが、朝五時に起きるのは習慣化されていないから少し辛い。バイトが終わり家で少し休んでからキワマリ荘へ行く。ミシオ君が京都へ帰るので見送る。深夜に無事に京都についたと連絡が来る。クラウドファンディングで11万くらい入れてくれた人がいた。夕方はちばさん、平野君、志村さんで打ち合わせをする。RAFから手つかずの庭に支援できるという話があった。平野君はRAFの作家とコラボしたり、イベントを企画するのは嫌だと言っていた。確かに今回の企画展は独立してやるという主旨が初めからあった。協力してもらっては意味がない。それは拒絶ではない。拒絶は容易い。取り込んでいく事の方が難しいし、変化を生んでいく。線引きと、取り込みそのバランスが大事。「忘れてもいいものたちの邂逅」。ぱっと思いついた作品のタイトルだが語呂が悪いな。
雨
一日中雨が降っていた。小雨だからすぐに水浸しになるわけではないが、長時間外にいると全身がいつの間にか湿っている。日中は役所に行って必要な手続きをした。19時からミシオ君を見送るラジオのようなものをTwitterのスペースを使ってやった。お便りを募集した。思ったよりも届いてよかった。ラジオは今後も定期的にやりたい。今回はミシオ君、平野君、はるひ、僕でやった。ミシオ君のように話題に尽きないひとや、はるひのように話を振れる人がいないと成立しない。次にやるとしたらどんなテーマでやったらいいだろうか。なにか面白い企画がやりたい。
曇り
小泉義之の病の哲学をよみはじめた。ソクラテスとプラトンの対立についての章をよんでいる。ソクラテスは自分が死ぬ理由を神による宣告だから自殺でも他殺でもないといい、正当化しようとしている。死ぬことでより素晴らしい国へと向かう。死への哲学。そうではない哲学をプラトンは持っていた。面白い本だと思う。まだすべて読んではいないけど。小説に描かれる様々な場面はほとんどが忘れてもいいような瞬間だったりする。そんな場面を丁寧に積み重ねていく事で作品が生まれていく。次の作品はそんなものが作りたい。忘れるなという無言の圧力が強いこの街で、忘れてもいいことを積み重ねることで作品を作っていく。忘れていること自体を忘れないと本当に忘れたとは言えない。0と1の間で思い出せないが忘れているわけではないという状態が何かを忘れてしまっているということ。0ではないからまた思い出せる。忘れてもいいものの積み重ねが、忘れてしまったものの積み重ねが無意識をつくっているような気がする。
曇り
彼女が感染性胃腸炎になった。発熱と頭痛と腹痛がひどく辛そう。こういうとき普通は何かしてあげられないかと考えるんだと思う。すでに医者に行って薬ももらっているし、自分にできることは近くで見守るか、随時必要なものを買ってきてあげるか、良くなるまで時間を共にするくらいしかない。自分が指をけがしたときも手術の後は時間が経過して治癒することを待つしかなかった。根本的になにか病に対して良い作用を与えたいなら医者に頼むしかないと思う。だから自分は根本的に病をどうにかしようとは思えない。医者ではないから。
雨
クロネコヤマトの荷物を仕分けるバイトがはじまった。地区ごとにトラックが分かれているから、荷物についている番号を見てトラックごとに荷物を仕分けていく。初日なのもあるが、あまり区分けに詳しくないので少し苦戦した。区分けに詳しくないことと、この街に愛着も憎悪もないことは関係していると思う。これから多少詳しくなったとして、街へのイメージは変わっていくだろうか。
晴れ
久々にイトナブの事務所にいった。シマワキ夫妻がいて久々に話した。彼女が鬱でそれとどう付き合っていくのかを話した。僕はとりあえず一緒にいることしかできないという話をした。例えばODをしてしまったとして、その時僕は状況が良くなることを一緒に待ってあげることしかできない。その人を自分が良くしてあげるんだという感覚は精神科医とかならいいかもしれないが、パートナーとしては良くない気がする。状況が改善されなかった時の自分への「どうして良くしてあげられなかったんだ」という失望と、「どうしてこんなに手を尽くしたのに良くなろうとしないんだ」という相手への苛立ちのようなものが同時に襲ってくる。そう思うのは気を抜くとそう考えてしまいそうになる自分がいるからだけど。クラウドファンディングが1日で30%ぐらい達成された。いいスタートダッシュだと思う。
晴れ
彼女とイオンに行った。かなり久々にショッピングモールに行った。彼女が眼鏡をなくしたのでJinzで眼鏡を作った。ちょうど割引の棚にデザインのいいものがあったのでそれを買ったようだった。メガネができてからマックでハンバーガーとポテトを食べる。知人が最近塩分を気にしていて、1日の摂取量をある程度制限していると話していた。その話を思い出しながら、多分いま2日分ぐらいの塩分を摂取しているなと考えていた。もしかしたらもっと多いかもしれない。そう思いつつMサイズのポテトをすべて食べ終えた。
晴れ
前日に少し飲み過ぎて起きるのが遅かった。口の中がいつもより乾燥している。彼女は二日酔いらしく午後までベットの上で寝ていた。シャワーを浴びて外出の準備をする。今日でちばさんの展示が最後なのでギャラリーに記録用の写真を撮りに行く。SoftRibさんと富松さんとミシオ君がいた。写真を撮ってからART DRUG CENTERへ行った。有馬さんが買ったティルマンスの写真集を見せてもらう。「Burg」という写真集。いい写真集だった。風景と雑多なテーブルと脱ぎ捨てられた服。写真集で前後する写真に文脈はあるのか。ページをめくるごとに新しいイメージが重なっていく。その厚さがいい。夕飯にチキンステーキを食べたいと彼女が言うので、鶏肉を買って作った。塩で鶏肉に下味をつけて、フライパンに多めに油を注ぎ皮の面から焼く。フライパンが常温の状態から焼くのがいいらしい。皮の面がカリカリになるまで焼いて、ひっくり返して反対の面を軽く焼いて終わり。残った油でみじん切りにした玉ねぎを炒める。火が通ったら醤油、みりん、酒、水、砂糖、にんにくを加えてとろみが出たら鶏肉にかける。ズッキーニとエリンギを素焼きして皿に盛り付けて完成。美味しかった。
晴れ
萬画館でやっていた野外上映会でラピュタをみた。久々に観たので詳細な部分をかなり忘れていた。まだ日が暮れると肌寒い。映画を見るには薄着で行ってしまった。平屋が近いので上着をとってきて彼女に渡す。映画のクライマックスで雲が晴れ月が見えた。綺麗な満月だった。映画の後に少し飲みたくなったのでもぐもぐへ行った。瞬さんやよく街中で見かける人たちがいた。紫蘇サワーを頼んで飲む。少し飲み過ぎてしまった。帰りにコンビニによって帰宅。二人ともそのまますぐに寝てしまった。
晴れ
ともみさんと石巻青果の空撮へ行った。事前のリハーサルをしていたので予定よりかなり早く撮影が終わった。ドローンのバッテリーがそんなに長時間もつわけではないので早く終わってよかった。今後ドローン撮影を仕事の一環としてやっていくためにはやらないといけないことが色々あるな。保険とか許可証とか。
曇り
午前中にバイトの面接に行ってきた。撮影の収入が減ってきたので短期のバイトを始める。日中の用事が多いので早朝6時からのバイト。続けられるかわからないがとりあえずやってみる。震災から10年がたって、当時この街にやってきた人々が言っていたことが現在では常套句化している。当時出会った大人達はあの頃と変わっていないつもりなのかもしれないが、僕から見たらむしろ変わらない事で変わってしまったようにみえる。
晴れ
ともみさんと石巻青果の卸売場へドローンのテスト飛行をしに行った。会社の全体像と駐車場の上空写真が欲しいらしい。思ったより高く飛ばないのでどうしたのかと心配になったが、50mまでの飛行制限がかかっていた。それを解除して無事テスト飛行が終わった。
雨
ミシオくんの送別会をした。雨がすごかったから今日じゃないほうが良かったかもしれないが、もう予定が決まってしまっていたから開催した。お昼ごろにART DRUG CENTERへ行き有馬さんと話した。道路は聖火ランナーのために一部閉鎖されていた。車が立ち往生して帰れなくなっていた。運転手は警備員にここを通れないと帰れないからどうにかしてくれと言っているようだったが、警備員は自分はここにいろとしか言われていないから何もできないという感じだたった。どちらも大変そうだなと思いながらそのまま平屋へ帰った。
晴れ
クラウドファンディングの準備を進めた。彼女に事務的な面でかなり力を貸してもらっている。僕はかなり曖昧なコミュニケーションをとってしまう。例えばそこで交わされた会話の意味がほぼ確定できるようなことでも、「~だったと思う」とか「多分~」と言っていしまう。断言することへの抵抗がある。事務的な内容を扱うときにそれでは困るわけなんだけど。「結局どっちなの?」となってしまう。それで、彼女にも色々といわれてしまう。昔から断定から始まるコミュニケーションが苦手だった。どうして断定できるのかがわからなかった。別の可能性を考慮してしまうし、今話されたことと、考えていることは必ずしも一致しないと思ってしまう。断定してしまうことができない。だからその一歩手前で立ち止まってしまう。あーでもないこうでもないと考えてしまう。どちらのコミュニケーションの取り方が良いのかではなく使い分けれるようにならないといけない気がする。
晴れ
女川で撮影の仕事をしてきた。海中に沈んでいる車を引き揚げるプロジェクトを始めようとしている人がダイビングで直接車を見に行く様子を撮影した。はじめにインストラクターに説明を受けてから海に潜る。船上から撮影していたがしばらくすると二人のうち一人が浮かびながら運ばれて来た。水中が息苦しくてリタイアしたらしい。恐怖心に勝てないと水中でパニックになり、潜っていられなくなる。自分だったら水中の恐怖心に耐えることができるだろうか。インストラクターの人がダイビング前の説明で潜っている最中に体に力が入ると勝手に回転してしまうからできるだけ力を抜いたほうがいいと言っていた。だいたい利き手の方向に回転するらしい。脱力していると思っても無意識に力が入ってしまう。陸地での生活でも人はかなり体に力を入れて生きているんだろう。たまにそれに気が付くと疲れが押し寄せてくる。
手つかずの庭でやろうとしていること。新しいことをやりたいわけではない。今できつつある生態系を壊さないことを考えている。石巻のキワマリ荘やART DRUG CENTERは理念を掲げた共同体ではない。だけど、完全にばらばらで何かをやっているわけではない。その状態を壊したくない。新しい価値観を打ち出そうとしているわけではない。今までに生まれた価値観を紐解いていく事を通して、見えなくなっている側面に光を当てることがやりたい。これは、単発で終わるわけではない。これからもここでの活動は続いていく。一瞬の出来事ではない。
晴れ
夕方、打ち合わせ中に花火があがった。街中では毎年夏祭りがある。この場所で花火の音を聞いたことは過去にも何度かある。今日の花火の音は明らかにいつもより大きい。打合せを中断して道路へ出た。音のなっているほうを見ると、かなり近い場所で花火が上がっている。平日のなんでもない日に花火が上がっているのは初めて見た。普段打ち上げの場所に使われる中州の方へ行った。道には花火の音を聞いて外へ出てきた人たちが何人かいて、みんな音のなるほうへと歩いていた。川の反対側から見ているといつもより近い場所で打ち上げているのわが分かる。マンションにはベランダで見ている人影がある。あそこから見れたら気持ちいいだろうなと思った。花火が終わると拍手とともにみんなその場から解散していった。どこかの会社の周年記念で打ち上げられた花火らしい。今年は祭りが開催されないからこれが最初で最後の花火かもしれない。そのまま打合せ場所へ戻り話し合いを進めた。
晴れ
昨日復興バーに設置した作品の撤収をして、はるひとART DRUG CENTERへ行く。有馬さんのペイントが書かれた服をもらいに行った。ついでに色々と話して4時くらいに平屋へ帰った。はるひはお父さんと買いもへいった。今週中にはクラウドファンディングをリリースする予定。明日はバイトの面接がある。面接の前に金髪になっている毛先を黒染めしないといけない。受かるだろうか。
晴れ
今日は平野君が企画した復興バーとのコラボ企画があった。平野君にお願いされていたので写真と映像の作品を設置しにいった。久々に外でお酒を飲んだ気がする。天気も良かったので気持ちよかった。はるひも楽しそうだった。想像していたよりも人が多く来ていた。今回はゼロ回目としてテスト回だったが今後継続していくらしい。もっと工夫すればいいイベントになりそう。
快晴
お昼ごろにキワマリ荘に行った。ミシオくんとちばさんと有馬さんで久々に長話をした。主に写真についての話で、有馬さんが最近写真の作品を作り始めていて、その写真を使った写真集を見せてもらいながらの話だった。ちばさんも今写真の作品を展示しているので、いつか写真の作品を作っている石巻の作家を取り上げた冊子を作りたいねという話になった。午後は郵便局に行ったり、助成金について調べたりと事務的な作業が多かった。天気がいいし風がちょうどよく吹いている一日だった。
快晴
石巻で一度会った遠藤薫さんという作家の方がいつだったか忘れたが、「切実」という言葉の意味を辞書で引いてTwitterに呟いていた。多分、「極めて適切なさま」と書かれていた気がする。とてもいい。切実という言葉から伝わる必死さや実存をかけた戦いのようなイメージが喚起されない。ただ適当に生きているように見えたり、苦もないように見えたとしても切実さはある。それぞれが切実さをもっている。窮地に追いやられるといった暗さがなくていい。自分の中の切実さを感じ取れればいい。極めて適切なさまを。
最近メッセンジャー(Facebook)で過去に交わしたはずのメッセージの通知が来る。しばらく連絡など取っていなかった人からの通知だと結構ドキッとしてしまう。これはバグなのかもしれないが不思議な気持ちになる。昨日はこらから始めるバイトを探しているときに、過去にバイトの誘いをくれた人の2018年頃のメッセージ(バイトをしないかというメッセージ)が通知された。ただの偶然だけど。
快晴
今日は殻付きウニの物撮りの仕事があった。朝彼女と事務所へ車で向かう。助手席に差し込む陽射しが暑い。黒色のズボンの表面の温度が上がっていく。フロントドアをほぼ全開にする。途中薬局によっておにぎりとパンを買う。殻付きのウニだから生きていた。殻をむいて中のゴミを取り出してきれいにする。ウニは色素が強く指先が紫色になる。殻をむいてからすぐに撮影をしないとウニの棘が下がってきて見た目があまりよくない。そこが難しかった。撮影が終わり使ったウニをうに丼にしてお昼ご飯を食べる。アパートに帰り市役所へ向かい住民票の住所をキワマリ荘横の平屋に変えた。ついでに保険証とマイナンバーの住所も変える。帰宅してぼーっとしていると彼女が返ってくる。レモンサワーを一缶買ってきてくれたからそれを飲んで、事務所でもらったダシをご飯と一緒に食べて夕飯にした。
曇りのち雨
午前中は季節の記憶を読んでいた。終盤の蝦乃木から送られてくる会社のビデオと中野の感想が良かった。この小説自体の話になっていた。ただ淡々と映していく、見ていく。何かをそこから読み取らせようとすることも、その背後を想像しようとすることもなく。12:30から雨が降ってきた。しばらくして打ち合わせがあるので家を出てIRORIへ向かった。阿部さんと30分くらい話して、巻組にお願いされたキワマリ荘に来るお客さんを案内して帰宅した。ポイントが残っていたので福尾匠の眼がスクリーンになるときを電子版で買って読み始めた。
そうやって一人一人がしゃべっているのを見ているうちに、僕は不意に、何と言ったらいいのか、蛇口から容器に水を汲んでいたらそれの容積が思いがけず小さくて、「あっ」と声を出すより早く水が溢れ出てしまったときのように、突然感動が溢れ出てきた。(1)
だらだらだらだら山もなく谷もなく際限もなくつづいているだけのビデオなのだが、こうやって一人一人を律義に映すというか記録していくのは家族や友達をホームビデをで映すのとは意味が違う。(2)
生きたイメージにおいて作用と反作用は不釣り合いであり、したがって選択が行われ、予想不可能な厚みのある現在が構築される。(3)
(1)保坂和志 季節の記憶 2015.11.30 11刷発行 中央公論新社 p353
(2)保坂和志 季節の記憶 2015.11.30 11刷発行 中央公論新社 p354
(3)福尾匠 眼がスクリーンになるとき:ゼロから読むドゥルーズ『シネマ』 2018.07.25 フィルムアート社
晴れ
天気が良くて今年に入って一番熱いような気がする。少し自転車をこぐだけで額に汗がにじんでくる。午前中はクラウドファンディングの説明動画をみながら申請に何が必要なのかを調べていた。午後はイトナブと事務所へ行き映像の編集に必要なデータをデスクトップパソコンに移す作業をした。16時ごろから志村さんとちばさんと一緒にCocosで助成金についてや今後キワマリ荘でどんな活動をしていくのかを話し合った。ちばさんの被災した実家を改装してギャラリーにする案や平屋を宿泊できるスペースにする案が出ていた。僕は思想家や小説家をレジデンスで呼びたい。無理をせず地道に活動を続けていく事が一番いいと思う。
晴れ
9時ごろに目を覚ます。彼女がコンビニでパンを買ってきてくれた。朝食を食べてシャワーを浴びる。紅茶を飲みながら保坂和志の季節の記憶を読む。しばらく読んでから部屋の掃除をする。掃除機をかけてから布団についた猫の毛をとる。洗濯機を回して洗濯物を干す。彼女は幸楽苑にラーメンを食べに行った。僕はお米を炊いてお昼ご飯を食べる。午後は明日志村さんに渡す映像の編集をしていた。夕方に彼女と散歩へ行った。ついでにTSUTAYAとスーパーへ行く。帰宅して買ってきた激辛の焼きそばを食べた。想像していたよりも辛く発汗がすごかった。
晴れ
昨日は雨だったが今日は晴れで、いい天気だった。お昼前に家を出てまちの本棚に彼女といったがイベントがあるのかいつもより開館時間が遅かったので、萬画館の漫画が読めるコーナーに行って暇をつぶしていた。一時間ぐらいしてからまちの本棚へ行き、彼女は本を借りていた。その後石巻駅近くの注受というラーメン屋に行った。特別な工夫をこらしたラーメンではなく、とても素朴なラーメンだ。普段通う店としてはこれくらいの店のほうが通いやすい。ここのラーメンとチャーハンはおいしい。そのあとART DRUG CENTERへ行った。有馬さんからZINEのイベントに出す冊子を受け取り、有馬さんの試作の写真集について少し話をした。しばらくしてからミッチーが来て、久々に会ったので現状を報告し合いながら、15時ごろまで話し解散した。夕方のギャラリーが閉まる時間に平野君と花田さんが合流して新漁港に釣りへ行った。潮の状態があまり良くなかったのか、小さめのメバルしかつれなかった。渡波まで行ってみることにしたが寒さで断念。僕と彼女は先に変えることにして、平野君と花田さんと現地解散した。帰宅後は疲れてしまいそのまま眠ってしまった。
雨
今日は桃浦にある荻浜小学校の清掃をしてきた。普段はほぼ誰も使っていない廃校で中に入ると中身がスカスカになった虫の死骸が大量にある。周りが木で囲まれた場所だから虫の量も多いのだろう。かなり強い雨が降っていて山には白い蒸気が立ち込めていた。建物の中は湿った空気と埃の匂いが充満していた。ほうきで履いていくと外から入ってきた砂が多いことに気が付く。建物の隙間からはいってきたのだろう。プレハブのような建物の床も掃除したが床材が腐っているのか、歩いていると凹んだり、みしみしと音が鳴る。体育館は埃をかぶっていたがまだ使えそうな雰囲気だった。校舎は三階建てで、屋上に上がることができる。流しの周りに30匹くらいのカメムシの死骸がからからになって落ちていた。これは一度にこの量のカメムシがここで死んだのか、それとも少しづつ同じ場所でカメムシが死んでいったのか気になった。まだ6月で生きている虫はそれほど多くはなかったが、夏になったらひどいだろうと思ったし、自分がこの小学校に通っていたら、この量の虫たちと日々生活を共にするのかと考えてしまい、正直この学校に通うことにならなくてよかった思った。掃除は予定していた時刻よりも早く終わり、早めの解散になった。家に着くと彼女が自宅で仕事をしていた。雨がひどくて道路が水没する前に帰ってきたらしい。自分は久々の肉体労働でしばらくするとそのまま寝てしまった。21時ごろに目がさめてシャワーを浴びて夕飯をたべ紅茶を飲んだ。
晴れ
今日は神社の清掃のバイトへ行ってきた。展示会場として使われる神社で、普段あまり清掃などの手入れがされていない。そのせいか、水でぬれると石階段が非常に滑りやすい。高圧洗浄機とブラシでこすり、ぬめりと汚れを落としていく。階段がとても長く、一番上までホースが届かない。三分の二くらい上った場所から清掃をはじめた。一段一段やっていくので思ったより時間がかかり午前からはじめてた作業が17時になっても終わらなかった。久々に身体を動かしたので疲れたが、心地よい疲労感だった。
快晴
今日も天気がいい。彼女は朝起きてすぐに仕事へ出かけていたった。起きてからシャワーを浴びて部屋を少しだけかたずけて、洗濯機を回す。天気がいいからすぐ乾きそうだ。梅雨は終わったのだろうか。トーストを焼いて、コーヒーを淹れる。朝食か昼食かわからない時間になってしまった。クッキーも一緒に食べる。食べ終わるころには洗濯物が終わっていた。洗濯物を干して平屋へ向かう。富松さんが個展の準備をしていた。流木で作った鹿の彫刻を二頭並べていた。平屋での用事をすませてアパートに帰宅する。しばらくして彼女が帰宅してくる。猫は車のエンジンが聞こえるといつも帰ってきたことを感じて起き上がる。猫にも車のエンジン音は識別できるらしい。お風呂の掃除をして夕飯を食べて、ハイボールを飲む。
快晴
気持ちがいい天気だ。半袖だと少し肌寒いがそれがちょうどいい。洗濯した洗濯物を干す。昨日から遠くで草刈り機の音が鳴っている。多分公園とか空き地の草を刈っているのだろう。切られたばかりの草のむわっとした匂いがいつもこの季節の空き地や公園からはしてくる。火曜日は燃えるゴミの日だから忘れてしまう前にごみを出しに行く。お昼ごろに彼女が父親の病院への付き添いから帰ってくる。歩いて数分の場所にあるガストへ行きお昼ご飯を食べる。コーンの沢山乗っているピザとガパオライスを食べていた。ビールとレモンサワーを頼んで飲む。天気が良かったので、この時間から飲むのは気持ちが良かった。帰宅して、家で少し休み、散歩へ出かけた。旧北上川の河口にある中州へ行った。風が少し冷たかった。帰り際、川沿いで釣りをしている平野君を見つけたので、平屋から釣り竿を二本持ってきて一緒に夜まで釣りをした。彼女は網で餌をとり、針に付けてハゼをつっていた。帰りは焼き鳥屋によって少しだけ飲んでから帰った。肌寒さがちょうどいい。家についてからは歯を磨いてそのまま二人とも寝てしまった。
雨
8:00に起床。彼女が先に事務所へ出社する。昨日の夕飯で作ったホヤの炊き込みご飯を食べる。12:00過ぎに彼女が迎えに来て自分も事務所へ向かう。事務所は港に近く、雨の日は磯の匂いがする。今日は物撮りの予定なので、撮影の準備をする。商品が届いて撮影を済ませる。帰宅してお昼ご飯を食べる。
晴れ
文体は無ければ無い方がいいと思っている。というか、文体とあえて呼ぶべきものがあるとすれば、それは自分の文章に出てしまっている凝りのようなものを引いて引いた先に残ってしまうものだと思う。(1)
「少し重たい風に吹かれながら喫茶店に向かった」という文より「少し重たい風が吹いていた」と書いて次の文ではもう喫茶店にいる方がずっといい。風に吹かれながら歩いている自分を書くのではなく、風を書いたら歩くことが自動的に出てくるような書き方が理想だ。 (2)
とても共感する。「少し重たい風が吹いていた」 と書かれた小説のほうがきっと読んでいて心地がいい。それは想像しただけわかる。
曇り
8:30に目が覚める。歯を磨いてファミマにパンとコーヒーを買いに行く。昨日企画展のテキストが書きあがった。平野君とちばさんとミシオ君には見てもらった。みんなこれで問題ないと言っていた。企画展はやったことがないので不安が大きい。
晴れ
7:00に目が覚める。歯を磨いて洗濯機を回す。ファミマで朝食を買い8:30に事務所に向かう。今日は10:00から食品の物撮りがあったので、その準備と撮影をした。雲丹の撮影だった。雲丹は個体差で味の複雑さが微妙に違い発見だった。基本的にはウニの主食である海藻の香りがひろがる。帰宅後、洗濯物を干す。1回ですべて洗濯できなかったので、もう一度洗濯機を回して、その間に部屋の掃除をする。8月頃を予定している企画展は「手つかずの庭」というタイトルになりそうな気がしている。手の行き届いた庭がキュレーションされた庭だとするなら、手つかずの庭はキュレーションによって結ばれた像が解かれ雑然とした形になっている状態。それをいかに肯定できるだろうか。
曇り
8:30に起床。企画書について考える。どんな企画を考えたいのかではなくもっと具体的なことを考えないといけないのではないか。そのなかで、遡行的に企画がまとまってきそうな気がしてはいる。キューレーションは星空のなかから特定の星を選び、線で結びひとつの星座(像)を作ることだと思う。しかし、この街で作られてきた像がすでに多くある。震災をめぐる像、復興、分断、自然、環境問題、当事者性、未来への希望。そういった像は10年の時の流れの中で硬直化しいる。この街で何かをやる以上その像に還元されることを免れることはなかなか難しい。だからこそ、別の像を描くことで連結項を発明しなければいけない。じゃあどんな連結項を発明するのか。目の前にあることほど気が付くことができないのだとしたら、いま何に気が付くことができないのか。今何が目の前にあるのか。展覧会はおそらくキワマリ荘、ADC、THE ROOMERS' GARDENを会場に行われる。キワマリ荘は俺の作品、ちばふみ枝さんの写真作品、SoftRibのニップニップ日記の映像作品、富松さんの流木の彫刻(まだここが不確定)になると思う。ADCはキラギロ、大槌さん、後藤さん、金澤さん、有馬さん、守さんになるのだろう。THE ROOMERS' GARDENは平野君は自分の作品を出すとして、他に誰を呼ぶかは不確定。このメンバーでどんな展覧会を作りたいのか。ここで何を見せたいのか。別々の環境があることが多様性を生む。環境が統一化されている時代。ごつごつしていて、ごろっとしたまま散らばっている。散らばった石。道端に唐突に置かれた花壇の中で育つ統一感のない草花。ごろっとしているな。忘れられた庭。庭という言葉が便利すぎる気がしている。何かを語った気分になってしまう。手垢がついている。
晴れ、時々曇り
今日は気温が少し高く、薄手のワイシャツでも少しだけ汗ばむ一日だった。朝8時に目覚めて、そのままシャワーを浴びた。彼女は事務所に向かい、僕は映像作品の起動やそれぞれのスペースの掃除をしにギャラリーへ自転車で向かう。看板を歩道沿いに出す。窓を開けて、入り口をほうきで掃く。なかの床を掃除する。暖かくなってきて窓を開け放しておくと虫が飛んで入ってくるようになってきてしまった。網戸をどうにかしてつけないといけない。風通しのいい空間だから、何も遮るものがない窓から風が流れ込んでくるのはとても気持ちがいい。店番をしている子にあとは任せて一旦家へ帰宅。ドトールへ行きアイスコーヒーLを飲む。展覧会の企画に行き詰っているから考えを進めようとしたがなかなか進まない...。
晴れ
いつもより遅めの起床。ファミリーマートで彼女がスパイシーチキンとバンズとコーヒーを買ってきてくれる。昨日から有馬さんにお願いされたDVDのデータをMP4へ変換する作業をやっている。有馬さんが1990年代に撮影した映像。自分が運営しているギャラリーとそこへ集まる人々との日常。多分VHSとかで撮られている。わけのわからないことをやっているが、それが楽しそうだった。庭になっている柑橘系の果物を汚れた手で皮をむき、「いい匂いだよ!」「食べれるのかわからない!」と言いながらその場で食べている。木の周りにはなぜか畳が3枚投げ捨てられていて水分を吸いとって湿っている。今の自分の身の回りの出来事を映像で残しておくこと、それもSNSにあげるようなものではない、そんな映像を撮影しておくのはいいかもしれないと少し思えた。尺は短くない、Vlogみたいに過度な編集もない、映えるようなものをあえて撮ったようなものでもない、ただあほらしいことを撮る。何のために撮っているかわからないようなものを残す。それを20年後に見返してみたい。そう思えた。
晴れ
この間大槌さんと根本さんたちと久々にお酒を飲んだ。松ばるに行って刺身やあおさとホヤの天ぷらを食べたがとても美味しかった。ホヤは臭みも嫌な苦みもなくなっていて食べやすかった。 そのあとはキワマリ荘の隣にある平屋でコンビニで買ったお酒を飲んだ。大槌さんがキュレーターではなくプランナーと言っていて(多分そう言っていた)自分はなんとなくそれがいいなと思った。キュレーターが良いキュレーションをすればするほど結ばれる像が強くなり他の像を描きずらくなる。それがいいことなのかどうか。おそらく良さと悪さの両面。どちらをとるか。Curationは「特定の視点を持って収集、選別、編集することで新しい価値を持たせ、それを共有することを意味する言葉」という意味らしい。プランナーは「企画係。立案者。設計者。」という意味。「収集、選別、編集」と「企画、立案、設計」の違い。設計者がいい気がするな。家を建てるような感じ。でもどうだろう。それはキュレーションと違うのだろうか。命題は現実の像、現実の模型。自分は言語の人間なのかなと最近思う。人が制作したものに初めて感動したのはアンドレ・ジッドの「狭き門」を読んでいるときに、物語の内容というよりは言葉のリズムによって、読んでいるのかどうなのかわからなくなり、最終的に目の前が白く光った。高校生の頃Java言語を勉強していた延長線上でProseccingをつかってプログラミング言語からイメージを作り出す遊びをしていたことが自分が制作を始めるきっかになっている。
快晴
6:30に目を覚ます。昨日は二日酔いで一日中気だるい感じだったかが今日はかなりましになった。そろそろ企画する展覧会のタイトルや文章を書き上げなくてはいけない。「分断」が当初テーマとして浮上していたが、「分断」という言葉の強さにあまり気持ちが乗らない。別にすべての作家が「分断」をテーマにしているわけではない。その言葉を使った瞬間にこぼれ落ちてしまうもののほうが、この言葉を使うことの必要性より大切な気がしている。だからもっとほかの言葉を探す。たとえば/(斜線)とか線をイメージさせる違う言葉へと言い換えていく。だが/(斜線)もいまいちピンときていない。確かにこの街にはたくさんの分断がある。震災 / 復興、過去 / 未来、生 / 死、人 / 自然、記憶 / 忘却、私的 / 公的、地元/よそ者。あらゆる場所に/が引かれている。しかし、ひとは生まれた時から/を別々に持ち運びながら生きている。他者に近づき別のあり方を目撃することは、別の可能性を目撃することなのではないか。ならば差異があること自体が悪いことではない。それはショックでもある。今は不意に誰かと出会うことを避ける時代になった。アクシデントを避ける時代。街は無臭化していく。海から漂う磯の匂いは、隔てられた海との距離を不意に記憶の中で近づける。橘(たちばな)やいつの野中のほととぎす」。宮地尚子は「トラウマに触れる」で嗅覚はトラウマを引き起こすトリガーになりやすいと言っていた。味覚は対象を取り込み境界線を曖昧にさせる。距離を狂わせ、輪郭を曖昧にさせる嗅覚と味覚。口と鼻を隠し続ける人々。
快晴
朝七時に起きて病院へ向かう。指の骨折を治すために刺していた針金を三本抜いた。部分麻酔はすでに何回か経験していたが今日のが一番痛かった気がする。麻酔が効き始めると指が太く感じる。多分触っても、触られている側の指が何も感じないせいでサイズ感が分からなくなっている。手術室を出て着替えを済ませ会計をしてバスで帰宅した。家に着くと猫が足元で餌と水をくれと言ってくる。普段はシーバをあげているが、売っていなくて代わりに銀のスプーンをあげている。味が気に入らないらしい。いい天気だからどこかへ行きたい気もするけど面倒になってコンビニでカップ焼きそばとノンアルのビールを買う。術後でアルコールが飲めないのでノンアルで我慢する。久々に指が曲がったので逆に違和感を覚えて気持ちが悪かった。
晴れ
1日中暖かい風が吹いていたので窓を開けっぱなしにしていた。朝は6時に起きたが猫と二度寝をしていたら11時になっていた。今日は何もしなくていいかなと思い家にこもっていた。午後に起きて洗濯機を回した。少しめんどくさくて干すまでに時間がかかった。夕方にコンビニへ行ってビールを買って涼みながら飲む。こんな日があってもいいなと思う。
晴れ、風が強い
風の中に少し生暖かさが混ざっている。平野君が今日からオープンしたギャラリーへ行った。いつもの顔なじみがたむろしてスペースや作品について語っている。風が強いせいか古い建物のどこからか隙間風が吹いてくる。誰かから息を吹きかけられたようで一瞬ドキリとする。
住んでいる街は復興予算をつかいながら新しい道と建物を作り続け、風景を変えている。復興は未来へと向かい進んでいくが、思い出は過去に取り残されている。街を歩いているとそんな過去と未来へ引き裂かれるよな感覚を覚える。
雨
目が覚めると雨が降っていてベランダに干したままの服を部屋へ入れようと思いつつぼーっとしていた。しばらくベットの上でスマホをいじってから起き上がり洗濯物を部屋へ入れる。猫が餌を催促してくるので、キャットフードと水を容器にいれてやる。雨が強くて外出する気が起きなかったので自宅で仕事をする。16時頃ホームセンターで看板の脚をつくるための木材を買う。購入した木材に保護用の塗料を塗って今日の作業は終了。コンビニで夕飯を買って食べる。
晴れ
最近は風の冷たい日が続いたが今日は暖かな一日だった。日中はドトールで仕事用のチラシを作っていた。TSUTAYAと一体型のドトールで本や雑誌を1冊持ち込めるし近所なのでよく使っている。平日は近所のおばさんやおじさんが集う場所になっていて、2,3人組でテレビニュースや近所で起こった出来事を話している。年配の女性がマルチ商法の勧誘のようなことをやっているときもある。日が暮れてからは近所の居酒屋へ久々にいった。お通しの量が多すぎて飲み物以外のものを注文する必要がないしかなり安上がりで飲める。時短営業だったので早めに切り上げて帰宅。そのまま就寝。
快晴、少し肌寒い
七時半ごろに起きる。今日も猫が餌の時間になるとベットに乗ってきた。午前中、注文していたスポットライトが届く予定だったのでキワマリ荘に早めに向かい掃除なんかをしていた。届いたスポットライトを設置してしばらくすると有馬さんが来たので、個展の作品について少しだけ話す。設置された映像の中に文字があると空間に方向性が生まれるという話をした。映像に使われている詩は別に展示するのもありかもしれない。そうすれば全体的に純度は高くなる気がする。すべてこれ以上引けない状態。ただ、純度だけを求めるのもなにか違う気がするのでしばらくこのままにして反応を見ながら今後の展開について考えようと思う。
残念ながら一部のフェミニストから私は「敵」扱いされています。というのも、4B運動の中でも特に主張がラディカルな人達は、トランスジェンダー女性や異性愛女性の排除にまで進んでいることがあるんです。私のように、男性パートナーがいてトランスジェンダーの友人がいる人は、SNSで攻撃されます。結婚はしてないんですが、「既婚者だ」と誤解されて中傷されることすらあります。これは何もフェミニスト間の話ではなく、社会のいろいろな物事に関して、意見が分断されてしまっているからだなと思います。自分が聞きたいことを話す人だけをフォローする傾向も強いです。 (1)
ブロックもしないけど、反応もしないです。自分と違う立場の人にも、過去に個人的なつらい経験があってそういう考えにならざるを得なかったのかもしれない。でもインターネットだと個人が押しやられて「集団」的に捉えられてしまう。難しいですよね。どんな立場の人からも、私は「はっきりしない人」だといつも怒られます。「あなたは力にならない」とも「あなたは甘い」とも言われる。いつになってもはっきりすることはないと思う。それでも私はまだ、いろいろな「集団」のなかの1人ひとりの人生を想像してみる時間を持ちたい。(2)
どっちつかずの態度表明は無責任なのか、それは立場を表明する責任からのがれている甘えなのか。それはずっと考えている。
(1)(2) Lang Lee 「イ・ランが語る、アーティストの「仕事」と断る「仕事」2021.02.28 https://tokion.jp/2021/02/28/lang-lee-takes-or-turns-down/
快晴、風が少し肌寒い
朝、7時30分ごろに目覚ましが鳴って起きる。起きてからしばらくは身体を起こして何も考えずに近寄ってくる猫を撫でていた。今日は一日快晴で朝の陽射しもいつもより少し強い気がした。目が覚めてきたので洗面台まで行き歯を磨いて、猫に餌をやる。猫はいつも大体同じ時間に餌を要求して鳴いている。彼女はまだ寝ていたが朝食のエッグマフィンを作る。マフィン用のパンにスライスチーズをのせてトーストして、卵とベーコンを焼く。焼きあがったらパンの上にマーガリンを塗って、卵とベーコンをのせ塩コショウを少しだけかける。朝食を作っていると彼女がちょうど目を覚ます。出来上がったエッグマフィンを一緒に食べ、彼女は仕事へ行く支度をして出かけて行った。
午前中は自分のサイトの情報を更新する作業をしていた。データをアップロードして、文字や画像を整頓していく。あまり融通が利かないサービスを使っているので面倒だが使うのをやめる気にもならないのでしばらくはこのサイトを使うと思う。
お昼は近くのあいのやというスーパーでエビフライ弁当を買った。風が少し冷たくて長袖一枚だと寒かった。帰宅すると猫が自分のご飯を要求していたので、キャットフードと水を与える。お昼を食べ終わり、午後からは個展会場で使えそうなスポットライトをネットで探した。程よいものがなくて、どれを買うべきかなかなか決めかねている。しばらくしてコーヒーが飲みたくなってきたのでファミリーマートでモカブレンドを頼む。帰ってきてからは保坂和志の季節の記憶を読んだ。16時にはるひが仕事から帰宅。しばらくだらだらしているとコンビニへ行こうといわれたのでまたファミリーマートへ行った。スパイシーチキンと缶ビールを買って帰宅。
サイトの準備ができたのでFacebookに仕事の依頼を受け付けていると投稿してみたがあまり反応がない。まあそんなもんだろうと思っていたのでいいのだが。
快晴
7時に起床。 9時からともみさんと女川でホタテ漁の撮影。おひるは久々に雲雀に行ってきた。事務所へ戻る途中にあるコーヒーショップでスペシャルティコーヒーを飲んだ。普段飲んでいるコーヒーよりも香りが複雑で雑味がない感じだった。事務所に戻り物撮りをして帰宅。
快晴
7時に起床。はるひに日赤病院へ送ってもらい診察をうける。指の状態は悪くなさそう。その後、実家へ行き55インチのディスプレイをキワマリ荘まで運ぶ。展示に必要な機材をAmazonで注文する。アートはいスクールの映像を編集して24時に帰宅。
晴れ
9時に起床。部屋の掃除と洗濯ものをする。シャワーを浴びてコンビニでサンドイッチとコーヒーを買い朝食をとる。バスで実家に行き周辺の風景を少し撮影してきた。車で平屋まで送ってもらいコンビニで夕飯を買いアパートに帰宅。
晴れ、少し肌寒い
9時に起床。歯を磨いて猫のトイレを掃除する。ごみをまとめて燃えるごみを出す。ドトールに行ってツイッター哲学を少し読んだ。そのあとインモール蛇田のJINZでメガネのレンズ交換をしてもらった。保証期間内だったので無料。スタバでフラペチーノを購入する。実家に少しより以前届いていたポール・ヴァレリーの本を受け取り、マックのドライブスルーでポテトとビックマックとコーヒーを買う。ガソリンスタンドへ行き車を洗浄する。その後帰宅。三浦哲哉×小松理虔×速水健朗「シン・フード論――『おいしい』から社会を考える」がシラスでやっていたので視聴。
快晴
「かみのたね」というフィルム・アート社のウェブマガジンを見つけた。そのなかの「諏訪敦彦×ロバート・クレイマー対談 コントロールの外側にある協働」を読んだ。
私は、自分たちのためにどうしても解かなければならない結び目(問題)があったから、映画を作ったのだと感じられる作品が好きです。より多くの金が欲しいからでもなく、有名になりたいからでもなく、映画史のことを勉強したからというのでもなく、まずは自分のためにその結び目を解かなければならないと感じられる作品。だからあなたは自分の主観を恐れる必要はありません。「私の問題に一体誰が関心を持ってくれるだろう?」と考える必要はないのです。私はこう考えます。もし自分の問題をはっきり理解することができれば、その作品は他の人々の関心を引きます。なぜなら全ての人が問題を抱えて生きているからです。われわれは孤独ではないのです。このクソまみれの世界の中で。(1)
マクロな目線で見れば自分は石巻市出身で震災当時石巻市の中学校に通っていたので、震災の当事者という位置づけになる。ミクロな目線で見ると石巻でも内陸のほうで、周りは住宅しかない住宅地に住んでいた。震災の被害も津波の影響を受けた人に比べればかなり軽いものだった。だから、自分よりもっとひどい状況の人々と比べれば当事者性はかなり低い気がしている(被害の大きさで比べればだが)。当事者でも非当事者でもない、そういうグラデーションの中間にいるような人達は沢山いるんじゃないか。そういう中途半端な立ち位置を考えながら生きている。
住宅地にするためにできた土地で周りは家と空き地だけ、そんな文化的土壌のない場所で生きてきた。そんな自分が現代美術といううジャンルに関わること、そことの距離感を考えている。
中途半端な位置づけからくる中途半端な距離。海と陸の中間、波打ち際で佇んでいる。そういった光景が思い浮かぶ。偶然打ち上げられた漂流物を拾いながら何かを形づくっている。
属性ではなく、向き合ってきた時間を考える。時間とともに変化し続けていく。ジェンダーも固定されたものではない。当事者か非当事者かも固定されていない。出身地は変えられない、その引力から解放されるために時間を考える。場所から時間へ。分断は存在するが境界線は時間とともに消滅と生成を繰り返す。
https://libraryofbabel.info/なんのサイトかわからないけど気になるので後で調べる。
(1)諏訪敦彦、ロバート・クレイマー「諏訪敦彦×ロバート・クレイマー対談 コントロールの外側にある協働」2020.02.17 http://www.kaminotane.com/2020/02/17/8804/
晴れ
7時に起床。朝食を食べて、処方された薬を飲む。2日前くらいに2回目の指の手術をした、針金を1本だけ入れなおす簡単な手術だったが、術後の痛みがひどくしばらく何もできなかった。術後はカロナール500mg×4、セレコックス100mg×5ぐらい飲んだがまったく効かなくて大変だった。手術前に以前の手術と術後の痛みは同等と考えたほうがいいですか?と医師に質問したが、そんなことはないと思うよという感じの回答が返ってきた。内心では針金を突き刺すわけだから痛くないはずがないよなと思いながらも、安心させるために気を使ったのかなと考えながら手術を受けた。実際、術後の痛みは以前よりひどかったので、自分の場合は痛いですとはっきりいっといてくれたほうが安心する。身体を動かすと心臓の鼓動に合わせて傷が痛むのでここ数日は家にこもっている。
個展用のチラシを作った。まだ未完成。手術室にあったレントゲン用のモニターの文字配列がよかったので真似てみた。
晴れ
「偶然の波打ちぎわ」
境界線を
偶然と必然
そう言い換える
狭間
曖昧な現在地で
宙吊りの身体
波打ち際
砂地に足裏をのせる
海水の冷たさ
陸と海の中間
なにものでもなく
いくつもの集合体
それを受け入れる
高台と
島のあいだの往復
近づくことを
離れることを
繰り返し
暫定的に
船の形を変えていく
水平線は
消えることなく
繰り返される
指先から
血液を伝い
波打つ心臓
内側の触覚
マイナスの距離
困惑して
佇む姿を
眺めている
想像の外側
深さで
覆われた
環状島の内側で
腰を下ろし
吹き抜ける風が
上昇する
流れ続けていた雲が
知っていることを
読み取るための空白
ここから先は立ち入れないと
すれ違う誰かが言っていた
その響きが
充満する
霧
遠くから運ばれた匂いが
脳と触れ合い
葉が光をあびて
風ではためく
光景を
100年後
地中から
掘り起こす
手についた
土から漂う
時の香りを
手繰り寄せ
誰かのためにではなく
自らのためにでもなく
なにも捧げない
その気持ちを
保ち続ける
晴れ、昨日より少し肌寒い
あらゆる証言が代弁としての機能をもっている。つまり「すべての証言者は代弁者である」こと。ただ代弁であることはその証言の価値を下げないし、証言はそれ自体として尊重されるべきものであること。被害者の声が言葉になるかならないかの領域、つまり、〈内海〉の〈波打ち際〉で起きていることが重要であり、支援のもつ意義の一つは〈内海〉から証言者を〈陸地〉に引き上げることにあること。(1)
(1)宮地 尚子 環状島=トラウマの地政学 2018.07.05 みすず書房 p16-p17